日本におけるプレートテクトニクスの受容

なぜか知らないがあまり取り上げられない / 2022-07-12T00:00:00.000Z

これまで見てきたように、プレートテクトニクスは主に海外で発達した考え方でした。しかし日本は4つのプレート上にあるとよく言われるように、プレートテクトニクスがすぐに広まってもおかしくはないような立地ですが、その受容には少し時間がかかりました。

ではなぜ時間がかかったのでしょうか。当時の議論を軽く見ていきたいと思います。

地向斜

プレートテクトニクスが成立する前にも、当然地球の表面がどのようにして変化してきたかという説が多数唱えられてきました。その一つとしてプレートテクトニクスを扱った記事で示した「地球収縮説」などがあります。

こういった理論は多数出てまた歴史の海の中へと消えていったのですが、その中でもかなり受け入れられた説の一つに「地向斜論」というのがあります。「地向斜(geosyncline)」という言葉自体は、現在でも堆積層が圧縮を受けた結果形成された地形などに使われるものです。しかしこの地向斜論は山脈形成についての理論です。用語がややこしい(私もこの記事を書いていて結構混乱した)ので、注意してください。

地向斜論はアメリカの東海岸にあるアパラチア山脈の研究から生まれました。アパラチアにおいては層厚が10000mを超える層が見られており、この厚さを説明する方法が考えられました。また似たような考え方がアルプス山脈の研究においても出てきたため、主にこの二か所で理論の発展がみられ、その後それ以外の地域に地向斜論が広がりました。

ざっくり言えばこの地向斜論は以下のようなものです。

  1. 陸の近くには大量の砕屑物が堆積する
  2. 重くなった堆積層は沈み始める
  3. 隆起が行われる(隆起の理由については地球収縮説や大陸移動説など、様々なものが唱えられた)
  4. 火山活動が行われる

現代的な視点から見ると特に2.の過程にかなり無理があり、数千mレベルの堆積/隆起が行われる必要があります。これは地向斜論が盛んであった時代においても指摘されていました。

このような事情もあり、プレートテクトニクス理論が説得力を持つのに合わせて急速に衰退していきました。しかし日本においては地向斜論が独自に発展した上に、プレートテクトニクスがかなり受け入れられた後でも地向斜の考え方がかなり残っていました。日本では何が起こっていたのかを詳しく見ていきましょう。

日本における解釈

日本において地向斜論は1920年代から1930年代に受け入れられました。初期においては先程提示した地向斜論の流れが繰り返されているとする、ハンス・ヴィルヘルム・シュティレ(Hans Wilhelm Stille)さんの「造山輪廻」の考え方が主流になり、これを裏付ける根拠が探されました。

シュティレさんの考え方を日本に適用し、かつロジカルなものとして日本列島の形成を論じたものとして大きなものは、1941年の「The Sakawa Orogenic Cycle」というものがあります。これは東京帝国大学の教授であった小林貞一さんが、紀要に360ページも英語で書いたもので、

  1. 古生代に秩父帯の場所で地向斜が形成された
  2. 中生代ペルム紀に秋吉帯で造山運動が行われた
  3. 中生代白亜紀に「佐川造山運動」が行われた
  4. 四万十帯で地向斜が形成された
  5. その後第三紀に「大八洲造山運動」なる造山運動が行われ、現在の日本が形成された

とするものです。ここで特徴的な面としてはアルプス山脈の形成に似た過程を踏んでいるとしながらも、それ以外の造山運動に強く触れていないというところがあります。これは欧米で広まっていた「世界同時造山」に否定的であったともとらえられます。そしてこのような説が日本の地質学界の通説となっていきました。

独自発展

1945年に日本は太平洋戦争に敗北し、科学界においても改革運動が行われました。地質学においてこの運動のハブとなったといえるのは「地学団体研究会」でしょう。

この改革運動の中では「既存の理論を再検討する」という空気が強く、戦争中に通説となっていた造山輪廻と佐川造山運動が批判されました。だからといってシュティレさんの考え方を全く捨てたものとはならずに、むしろこれを厳格に日本で適用しようとした動きがありました。

地学団体研究会のメンバーによって執筆された「地球科学序説(NCID: BN02071300)」という大学向けの教科書においては、大陸移動説に強く反発したソ連の研究者であるウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・ベロウーソフ(Владимир Владимирович Белоусов)さんの影響を受けていました。その結果「地向斜の造山段階でのマグマの発生はマントルとの相互作用の結果であり,発生したマグマによって堆積物が押し上げられる」という文章が書かれていた他、「地向斜造山帯」という言葉が用いられていました。

地向斜造山帯」という言葉の中には、地向斜があれば、造山帯が形成されるという意を内に含んでおり、欧米の説の追従から日本独自の理論へと変化していきました。この結果、本来の地向斜の考え方と、地向斜形成→造山帯という考え方がごちゃまぜにされていきました。検索が面倒にしかならないのでやめてほしかったです。本当に。

1965年には北海道大学の湊正雄教授らによって「The Geologic Development of the Japanese Island」という本が出版され、地向斜論が最盛期を迎えました。

プレートテクトニクスとの邂逅

欧米においてプレートテクトニクスがスッと受け入れられた理由の一つとして、地向斜そのものの存在とプレートテクトニクスが必ずしも強い矛盾を持つものではなかったことが考えられます。プレートテクトニクスそのものが堆積を説明するものでも、地向斜の形成そのものが造山運動の説明にもつながらなかったからです。

しかし先述の通り、日本で独自発展した地向斜論には「地向斜があれば、造山帯が形成される」というものがあり、プレートテクトニクスは明らかに造山運動の説明をしていることから大きな問題になりました。

また1973年に文部省が指導要領を改訂し、地向斜論とプレートテクトニクスを同時に教えるようにした際には、雑誌「地球科学」において以下のような実質的な批判が行われています。

最近の地球科学においては,プレート・テクトニクス(Plate tectonics)と呼ばれる考え方が大流行している.それは地球科学関係の専門誌だけでなく,科学普及雑誌や啓蒙書の方面でも大活躍し,ごく最近では日常の新聞・雑誌のうえでも, 地震などの事あるごと にセンセーショナルなかたちで取り上げられている.

(中略)

この説の推進者たちが,全地球の現象を統一的に説明する新しい“学説”を開拓しようという気負いからくるものとして見すごすこともできようが,これをあたかも説明済みのものであるかのように考えて,初中等教育のカリキュラムにまでもちこむことは,論理いじりを科学と取り違える“探究の科学”主義として,理科教育にマイナスの影響を与えかねないことを憂れうるものである.

私たちは,プレート・テクトニクスを支えている新らしい資料や,その論理の堅実な部分などは,大切にし,吸収したいと思っている.このいみからしても,本論は,プレート・テクトニクスそのものに反対するために書いたものではない.ただ,現段階では,上記のように,プレート・テクトニクスが,現在の日本の学界に与えている悪しき影響を憂れい,あえて,そうした部面に焦点をあてた批判をすすめた次第である.

ただこれや木村(1978)を読む限り、答えを先に設定してそれに沿うように論を展開してしまっているプレートテクトニクス支持派の論文が、ある程度存在してしまったことも考えられます。

とはいえ日本においての造山運動の説明に、プレートテクトニクスが満足する説明を与えたことは確かで、(欧米と比べたら明らかに遅いものの)徐々に受け入れられていきました。

一番の決め手となったものとしては付加体の研究が進んだことと言われています。付加体には異なる時代の化石が同じ帯に存在することがままあり、地向斜論の単純な堆積→隆起と比較して説明力が段違いでした。

参考文献

  • 泊次郎「日本での地向斜概念の発展とプレートテクトニクス」『科学史研究』第44巻239号、2005年、23-32ページ、ISSN: 2435-0524、NAID: 110006439610、国立国会図書館書誌ID: 7459349、DOI: 10.34336/jhsj.44.233_23
  • 藤田至則、端山好和、原田哲朗、星野通平、〓野義夫、黒田吉益、三梨昂、野村哲、島津光夫、清水大吉郎、鈴木博之、鈴木尉元、徳岡隆夫、山下 昇「日本の地質構造からみたプレート・テクトニクスをめぐる諸問題」『地球科学』第27巻6号、1973年、232-254ページ、ISSN: 2189-7212、NAID: 110007090536、国立国会図書館書誌ID: 7576897、DOI: 10.15080/agcjchikyukagaku.27.6_232
  • 木村敏雄「日本列島の構造発達史とプレートテクトニクス説」『地学雑誌』第86巻1号、1977年、54-67ページ、ISSN: 1884-0884、DOI: 10.5026/jgeography.86.54

関連リンク

最後に

プレートテクトニクスの概要を説明する記事から始まり、ウェゲナーおじさんの大陸移動説海洋底拡大説に触れたこのプレートテクトニクスシリーズがようやく終わりました。泊さんの論文を元に書いたのでもっと詳しいことを知りたい方は元論文を読んでみてください。

楽しかったですがしんどかったので当分まとめて数記事同じようなテーマで書くのは控えめにしようかなとちょっと思いました。

次回のざっくりわかる固体地球シリーズ: ざっくりわかるアイソスタシー

Writer

Osumi Akari