避難の情報に関しての情報を聞いた時、当たり前と言えば当たり前なのですが、切迫した言葉が使われていることが多いでしょう。このような言葉はどうしてそこまでチクチクしているのかについてざっくり見ていこうなと思います。
結論
- 安心感はここに無い
- 相対的に弱くても「弱い」…?
時代とともに変わる
2021年5月20日より、自治体から発出される大雨の避難情報のレベル分けが変わりました。どのように変化したのかについては政府インターネットテレビの「避難情報がよりわかりやすく!令和3年5月から『警戒レベル4までに必ず避難!』」や内閣府の「避難情報に関するガイドラインの改定」というものが分かりやすいかと思っています。
リンク先でもどのように改訂されたのかが分かりやすく示されているのですが、一応このサイトでもどのように変化したのかを見ていきましょう。
まず目につくものとしては警戒レベル3の「避難準備・高齢者等避難開始」が「高齢者等避難」に変わったという点があります。避難準備がなくなったことは見ればすぐ分かるので飛ばしますが、「高齢者等避難開始」の「開始」もまた無くなっています。
次にレベル4に存在した 「避難勧告」が無くなり、避難指示に一本化 され、その避難指示というのは従来の「避難勧告」の段階で出されることになっています。そしてレベル5にあたっていた「災害発生情報」が「緊急安全確保」になっている他、これが出る前に(すなわち遅くとも避難指示の段階で)避難するようにということが強調されています。
またこの改定では自治体が示した住民の「取るべき行動」にも大きな変化がありました。改訂後の取るべき行動を見ていきましょう。
- レベル1: 最新情報に注意
- レベル2: 避難方法など確認
- レベル3: 高齢者など避難
- レベル4: 危険な場所から全員避難
- レベル5: 命を守って!
この改定には令和元年東日本台風の発生、そしてそれに伴う災害の発生を見る必要があると考えています。改定のきっかけがこれなのでそれはそうという話なのですが。さて「令和元年台風第19号等を踏まえた水害・土砂災害からの避難のあり方について」に掲載されている報告書の28ページから先を見ていきましょう。
勧告と指⽰について市町村からは2種類ある⽅が良いという声を聴く。避難指⽰(緊急)でより強く避難を促せるからではないか。また、受け取る住⺠は2種類の違いはよくわかっていなくても、2種類⽬の情報を受け取ったときに動き出す可能性は否定できない。
住⺠ウェブアンケートによると警戒レベルにより7割近くがわかりやすくなったと回答しているが、警戒レベル4避難勧告が避難をするべきタイミングであること、警戒レベル4避難指⽰(緊急)は必ず発令されるものではなく、発令されたとしてもそのタイミングは⽴退き避難に必要な時間が確保されたものではないこと等が理解されておらず、住⺠ウェブアンケートによると両⽅の意味を正しく理解している⼈は 17.7%であった。
かつての避難指示で動き出してはもう遅い場合があるということが、十分伝わっていかなかったことがあったことがひしひしと伝わってきますね。そのため避難勧告と避難指示が統合された上、従来の避難勧告のタイミングで避難指示が出るようになったと考えられます。表現は厳しくなっていますが、前回触れた通り避難は逃げられるうちにするものなので良い動きだなと思っています。
長くなるので省きましたが、この報告書では高齢者等の避難に対しての課題についても触れられているのが特に面白かったですね。「高齢者等避難」となっていますが、これの目的は「避難に時間がかかる人の避難」なので、必ずしも65歳を超えたら避難…といった感じではないことが強く認識されていないことが指摘されていました。確かにあまり気にしたことなかったかも。
玄倉川と「弱い」熱帯低気圧
1999年8月14日、神奈川県の西部に流れる玄倉川において、13人の命が奪われてしまう事故が発生しました。お盆の季節で草の生えていない開けた中州においてバーベキューをしていただけの彼らがなぜ事故に巻き込まれてしまったのかを見ていきたいと思います。
この事故は「玄倉川水難事故」という名前が付けられており、地学徒の皆さんや防災に興味を持たれた方なら一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。詳しい事故発生までの流れは先のリンク先のWikipediaに譲るとして、ここではざっくりとその流れを確認しておきましょう。
- 13日のバーベキュー開始時から弱い降雨。
- 15時頃にダム職員が警告。
- 19時頃にダムの放流サイレンが鳴り、ほぼ同時刻に再度警告。
- 22時前にダム職員・警察官が共に警告。ここで21人中3人が避難。
- 翌日5時30分頃に大雨洪水警報発令。
- 7時30分頃に再度警察官が警告。
- 8時頃に避難した3人から119番通報。
- この間には中州が水没。水深を考えると自力での避難は困難に。
- 8時30分時点ですぐ下流の水位が100cmを越す。通常水位は15cm。
- 10時30分頃にリードロープの発射が試されるが対岸の樹木に絡まる。
- 11時に上流の小規模ダムの放流中止。決壊防止のため5分で放流再開。
- 11時38分に18人全員が流される。内5名が岸にたどり着く。
人に鞭打つことは合意のない限りあまりしたくはないのですが、正直に言えばこの事故は明らかに避けられたものです。ダム職員(上流に小規模な貯水能力のないダムが存在した)や警察による警告も適切になされており、この事故の誘因の大半は被害者となったバーベキューをしていた一団という他ありません。これがために一部の人の間では「DQNの川流れ」という呼び名がこの事件を意味するものとなってしまっています。
しかし人の行動を変容させることは難しく、ただ「危ない」と言っても意外と人の心には刺さりません。もしそうじゃなかったら岐阜県の水難事故Q&Aが何回も「泳ぐな。ライフジャケットを付けろ。何もないから安全じゃない!!!」という感じにはならないでしょう。
彼らが何度も警告を受けても中州から離れなかった(行動を変容させなかった)理由の一つとして台風・熱帯低気圧の 「強さ」の表現に問題 があった可能性があります。もちろん可能性なので彼らが認識していたかどうかは別問題なのですが。とはいえ被害者をゼロに近づけるためにはその可能性を吟味する必要があります。
その表現の問題は「弱い熱帯低気圧」についてのものです。この文字面を見て、その熱帯低気圧はどのようなものと人々は判断するでしょうか。これを見て「おっ、最大風速17.2m/s以下か。取り敢えず外の植木鉢はしまっておこう。」となる人がいるでしょうか。
この事故を起こした原因の一つである大雨はこの「弱い熱帯低気圧」によって起こされたものなのですが、このように「熱帯低気圧だとしても弱いだろうから大丈夫。」と捉えられてしまう可能性を十分に否定できません。そのため現在では「強い」「非常に強い」「猛烈な」といった協調する表現のみを使用するようになっています。
以上見てきたように「危なさ」の伝え方は時を経るにしたがって、より分かりやすい表現に変化していっていることが伝わったでしょうか。もちろんどのような表現になろうとその表現が何を伝えたいのかを正しく認識する必要は消えませんので、もし興味がありましたら気象庁や自治体のWebサイトなどで調べてもよいと思います。
関連リンク
- 山内豊太郎「台風の強さ、大きさの階級分けの名称について」『理科年表FAQ』、国立天文台、2006年11月20日。
- 「『弱い熱帯低気圧』による大雨」『災害列島1999』国土交通省。
- 「水難事故事例2 玄倉川の場合」『安全な河川敷地利用のためのワーキング』国土交通省中部地方整備局水路部。
最後に
- 前回のジオ関係の記事: フンガ・トンガと「ペケリス波」
- 次回のざっくりわかる防災シリーズ: 花崗岩がサラサラになる「マサ」
防災について扱うコンテンツを始めた1ヶ月前から、いずれは玄倉川水難事故について触れておきたいなと思っていましたが、ここで触れられてある意味安心しました。この事故は毎回バーベキューの季節が来るたびに思い出し、人に何かを伝えまた行動を変えさせることの難しさをかみしめています。
そういえば自治体の出す「警戒レベル」と気象庁の出す「警戒レベル相当情報」の違いについて触れられていませんね。単独記事を書くほどかと言われると微妙ですが、そのうち書くかもしれません。