2022年10月から始まる相棒新シリーズ、楽しみにしていますか?
私は楽しみにしています。さてそんな相棒シリーズはよく昼下がりに再放送されているのですが、いくつか再放送されない回というものが存在します。その一つに「夢を喰う女」という回があります。この回では右京さんが図書館に乗り込んでいき司書の方から帯出記録を得るといったシーンが存在するのですが、この点に問題があることから番組サイドで欠番としたとされています。ではどのような点が良くないのでしょうか。
本を読んだことのある方なら分かると思うのですが、本というものは書いた人はもちろん読んだ人がどのようなことを考えているのかを端的に示すものと言えます。つまり憲法が保障する思想の自由・良心の自由・表現の自由を犯す可能性が、帯出記録を警察官へ示すことによって発生することとなります。
実は日本の図書館においては「自由を守る」ということが極めて重要視されており、1954年に定められた「図書館の自由に関する宣言」には以下のように書かれています。
わが国においては、図書館が国民の知る自由を保障するのではなく、国民に対する「思想善導」の機関として、国民の知る自由を妨げる役割さえ果たした歴史的事実があることを忘れてはならない。図書館は、この反省の上に、国民の知る自由を守り、ひろげていく責任を果たすことが必要である。
単純に憲法に書かれているからといった理由ではなく、歴史的な反省点からも自由を守るという強い意志が感じられる文章です。そのためなのか、日本図書館協会からは「図書館は読書の秘密を守ることについて(ご理解の要請)」という創作物に対しての声明が出されたことがあります。
これらの議論を前提とした上で、8月30日付で文部科学省は全国の教育委員会へ向けて「北朝鮮当局による拉致問題に関する図書等の充実に係る御協力等について」という事務連絡が回されたことについて考えてみましょう。
結論
- 充実させることに異論は無いと言っていい
- 図書館の自由に関する宣言との関係
図書館の自由と「御協力のお願い」
前文で触れさせていただいた「図書館の自由に関する宣言」とは何でしょうか。いかにも国際的な宣言に聞こえるのですが、実は日本の様々な図書館で作る日本図書館協会が1954年に採択した宣言です。ちなみに国際的なものとしては1994年に採択された「ユネスコ公共図書館宣言」というものがあります。
この宣言はそのタイトルにある通り「図書館の自由」を守るために存在しています。日本図書館協会の公式サイトに載っている全文テキストの一番最初にわざわざ太字で「図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することをもっとも重要な任務とする。」と書いてあります。つまり知る自由を守るために図書館は存在するし、その自由が侵されるのならば断固として反対するということです。
図書館が自由を堅持していたいということを理解していただいた上で、8月30日付で文部科学省は全国の教育委員会へ向けて「北朝鮮当局による拉致問題に関する図書等の充実に係る御協力等について」という事務連絡が発せられたことを考えていきましょう。この事務連絡自体は当然ながら外に出るようなものではなかったのですが、共同通信が9月20日付で出した「文科省、図書館に異例の要請 拉致関連本の充実依頼」という記事でその存在が公になりました。
この事務連絡の内容としては12月10日から7日間行われる「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」に合わせて、図書館において拉致問題関連本の充実を依頼するようなものです。もちろん充実させることに文句を言う人はほとんどいないと思うのですが、よくよく考えればこの事務連絡は文部科学省、すなわち政府から発せられています。政府が特定のジャンルの本の充実を「依頼する」ことは、図書館の情報収集の自由を妨げていると捉えることは決して難しいことではないと言えます。
共同通信の記事内でも触れられていますが、図書館は(あえてクソデカ主語を使うのならば)私たちの知る自由を守るためにここまでの努力をしてきたのに、それを無下にするような事務連絡であるな~~~と思っています。
今回の事務連絡「は」まだ一般の理解が得られないことは無いものではないのですが、これが図書館が堅持してきた自由を崩す小さな穴となってしまわないかという一抹の不安はあります。ちょっとずつ家族と名乗る者につままれていった結果、全て無くなってしまった台所のサラミソーセージのように、今回の事務連絡が前例となってしまったことでもっと極端な「御協力のお願い」が出されてゆき、その結果元来誓った自由が無くなってしまうという事態にならないのか否かは、これからも注視していきたいなと思っています。
追記: 図問研や図書館協会が見解を発表
10月9日の週には、図書館問題研究会や日本図書館協会から立て続けに文部科学省に対する要請・見解が示されました。大まかに言えば拉致問題に関する情報提供が重要であると認めつつも、先述させていただいた問題をはらんでいることを指摘しています。図書館問題研究会の文部科学省へ宛てた要請においては撤回の上再発防止を、日本図書館協会の見解においては図書館の自由に関する宣言の理解を求めており、激しく反対するものではないものの強い反発が垣間見えます。
以下図書館問題研究会や日本図書館協会が出した見解などから、今回の事務連絡をどのようにとらえているのかについて示した部分のうち一部を引用させていただきます。そこまで長くないので本当は全文を読んでいただきたいのですが、時間が無い方のためにここに簡単に置いておきます。
拉致問題関連資料の充実を求める依頼は、無数に存在する人権問題の中で特に拉致問題について国が異例な形で協力を求めることであり、特定の問題の重要性を強調し、戦前・戦中のように住民の意識のあり様を国が統制することにつながりかねない危険なものと言わざるを得ません。
今回の文書は、今後、外部からの圧力を容認し、図書館での主体的な取り組みを難しくする流れとなる怖れがあります。(中略)内閣官房からの文書が、そのまま文部科学省からの文書となることは、学校や図書館への指示や命令と受け取られることにもなり、国民の知る自由(知る権利)を保障するうえで、とても危険なことだと考えます。
見解等のリンク
- 中沢孝之「事務連絡「北朝鮮当局による拉致問題に関する図書等の充実に係る御協力等について」の撤回を求める要請」図書館問題研究会、2022年10月9日。
- 「文部科学省からの拉致問題に関する図書充実の協力等の要請について」日本図書館協会、2022年10月12日。
以上2022年10月14日追記。
拉致問題関連情報
というわけで長々と自由と政府からのお願いのバランスについて見てきたわけなのですが、取り敢えず図書館に行かなくともインターネット上で得られる拉致問題関連情報をリストの形で紹介しておきたいかと思います。
個人的には図書館の自由を侵害しかねない事務連絡だと思っており、もっと慎重な方法はあっただろうしなぜこのような形にしてしまったのかはちょっと理解できないものだなと感じています。とはいえ拉致問題に関する情報をシャットアウトするのも違うので、取り敢えずリストという形にして置いておこうと思います。
- 「拉致問題対策本部」内閣官房。
- 「北朝鮮による日本人拉致問題」外務省。
- 「北朝鮮による拉致容疑事案について」警察庁。
- 「あなたにもできること」北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会。
またYouTube上において政府が作成したドキュメンタリーアニメ「めぐみ」を見ることが出来ます。
Direct link of this video on YouTube
ちなみにこのアニメは政府公式サイトからダウンロードすることが可能となっています。今時ZIPファイルで落ちてくるので解凍の必要があり若干面倒ですが。
関連リンク
- 「文科省、図書館に異例の要請 拉致関連本の充実依頼」共同通信、2022年9月20日。
- 「〈社説〉図書館の自由 政府は踏みつけにするな」信濃毎日新聞、2022年9月22日。
- 長岡義幸「「図書館の自由」はどこへ 文科省が「拉致問題図書の充実」を教委などに要請」週刊金曜日、2022年10月17日。
- 宮崎亮、田添聖史「図書館の自由、揺るがす「依頼」 国「拉致問題の本充実を」、司書困惑」朝日新聞、2022年11月4日。
- 「社説(11月6日)文科省の選書要請 知る自由、損ないかねぬ」静岡新聞、2022年11月6日。
最後に
- 前回の歴史関係の記事: 明治時代の地学の教科書を読んでみる
- 次回の歴史関係の記事: EUのCSARがオンラインのプライバシーを破壊する可能性
ドル円相場がもしジェットコースターだったらば建築基準法の検査に通らないレベルの変化をしている中、クローズアップされていませんでしたがめちゃくちゃくすぶりそうなニュースだなと感じたので、取り敢えず現状の情報とぱっと思いついた問題点についてまとめてみました。鳥取県の有害図書指定のように半分怒りが原動力となってパソコンカタカタしていることから少々読みづらい文章になっているかとは思いますがご了承ください。