かつて読んだことある名著をもう一度読む「Re:Read」

ネーミングセンスのダサさが光る / 2022-11-06T00:00:00.000Z

日本にはバーグハンバーグバーグさんという広告業を営む企業が存在します。この企業はいくつかのオウンドメディアも運営しており、その一つに「オモコロブロス」というものがあります。

先日そのオモコロブロスに「本を読んだことがない32歳が初めて「走れメロス」を読む日」という記事が掲載されていました。この記事ではそのタイトルの通り本をきちんと読んだことのない32歳のライターの方が、太宰治の短編小説「走れメロス」を読むという記事なのですが、個人的には32年という経験を生かして自分の知っている小説を読まれると、若き日の(自分にも)素直な感覚で読んだときとは全く異なる読書体験を共有しているような感じがして大変な刺激になりました。

めっちゃよかった

以下記事のネタバレになりますが少々感動したところを書かせてください。

初めに短剣と荷物を持って王の前に出たメロスのセリフ、「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、民の忠誠をさえ疑って居られる。」というものについてです。通常走れメロスはタイトルにある通り、後半のシラクスの市へとセリヌンティウスを救いにかつ自ら処刑されに走るのがメインであり、走り出すまでは割とどうでもよかったりするように感じてしまう場面が続くように感じます。しかしそういった前提情報が存在しないであろう32歳のライター、みくのしんさんは丁寧に一つ一つの文章を読み進めていき、ここに差し掛かった時点で彼はこのような感想を残しています。

う……! これはすごい。読んでて泣きそうになった
ちょっともっかい読んでいい?

(再読)

本当にそうだよな

メロスがこれを何気なく言えるってことが……なんかスゴイな〜と思ったら急にブワッときた。本ってヤバいね……

事前情報がほとんどないからこそきちんと細かいところまで目が届いていることと、きちんと彼の中へ届いたメロスの真っ直ぐな情を感じているのを的確に表現されていることの2つが感じられて非常にいい感想だと思いました。

同じように、

  • メロスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。
  • (村人は)狭い家の中で、むんむん蒸し暑いのも怺え、陽気に歌をうたい、手を拍った。

といった流してしまいそうなセリフをきちんとどういった状況かを想像し、それを他人に理解されやすい形で伝えようとされており大変良かったです。過去の自分が取りこぼしてきた感動を回収してくださっています。

おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。大切な用事があるのだ。

私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえの兄の、一ばんきらいなものは、人を疑う事と、それから、嘘をつく事だ。おまえも、それは、知っているね。亭主との間に、どんな秘密でも作ってはならぬ。

おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの兄は、たぶん偉い男なのだから、おまえもその誇りを持っていろ。

個人的には妹に残したこのセリフでめちゃくちゃ泣けるのですが、やっぱりみくのしんさんも号泣されていました。大変に分かる。

メロスは額の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、もはや故郷への未練は無い。

妹たちは、きっと佳い夫婦になるだろう。私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。

まっすぐに王城に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要も無い。

ここの文章の「ここまで来れば大丈夫、もはや故郷への未練は無い」を、きちんと後ろに惑わされずに「故郷への未練が断ち切れたことに安心している」と読み取るの、普通にすごいのではという思いも出てきました。

見よ、前方の川を。きのうの豪雨で山の水源地は氾濫し、濁流滔々と下流に集り、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木葉微塵に橋桁を跳ね飛ばしていた。

(中略)

濁流は、メロスの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。浪は浪を呑み、捲き、煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はメロスも覚悟した。泳ぎ切るより他に無い。ああ、神々も照覧あれ! 濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。メロスは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪を相手に、必死の闘争を開始した。

ここの怒涛のシーンを「荒れ狂う波の表現が豊かすぎる! どんだけボキャブラリーあるんだよ!」と評しています。前提情報が無いと純粋に太宰治を褒められて楽しそう。

私は信頼されている。私は信頼されている。先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。五臓が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るものだ。メロス、おまえの恥ではない。やはり、おまえは真の勇者だ。再び立って走れるようになったではないか。ありがたい! 私は、正義の士として死ぬ事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。待ってくれ、ゼウスよ。私は生れた時から正直な男であった。正直な男のままにして死なせて下さい。

路行く人を押しのけ、跳ねとばし、メロスは黒い風のように走った。

「黒い風」という表現が白でも赤でもないという視点、存在しませんでした。「キレイなだけじゃないガムシャラな勢い」を表現としている意見にものすごい説得力を感じます。

メロスは腕に唸りをつけてセリヌンティウスの頬を殴った。

セリヌンティウスとの感動シーンで「唸りをつけて」という表現に笑っている人、好き。

感動したり新たな視点を得たポイントがあまりに多くなったのでまともな文章になっていないので、最後くらいはまともな文章にしようと思います。3時間かけた読書後に残したみくのしんさんの読書感想文も非常にいい内容だと感じました。

こんなに短いのに、自分とは全く別の暮らしをしているのに、その至る所に自分のどこかがあって、ドキドキが止まらなかった。

一人じゃないんですよね。自分と同じところを感じ取れているのは。私は大半の小学生が夏休みであろう期間に「自由研究レポートをちょっと大人っぽくする方法を考える」という記事を放出するほど逆張りが大好きなので、読書の感想を文章として求める読書感想文があまり好きではなかったし、「簡単に書ける!」的なフォーマットに縛られて面白くない文章を量産していました。そのためこの感想文は素直に自らの心から出てきた感動を書いており、非常に私の心を打ちました。ちなみに今では本を読むことで出てきた感想だけではなく、日常に与えた影響だったりものの見方の変化、登場人物の行動に関する考察をある程度書いていいということをかなり成長してから知ったのでそこまで嫌いではありませんが。

Re:Read

私は2014年に中学生だった方の自由研究で明らかとなった「時速3.9キロメートルというのんびりメロス」しか知らなかったような人間です。しかし、こうやってある意味成熟した視点から読んでみると、飛ばしてしまっていたり大したことないシーンだと思っていたりしたシーンにも面白い点があるのではないか、またそのような文学作品は走れメロスに限らないのではないかと思いました。

ということで私も教科書で扱ったような懐かしい文章をのんびりと読んでいこうかと思います。多分文章がこの世に存在する限り無限に書けると思うので、シリーズ化するつもりはさらさらないのですがカテゴリ「Re:Read」を立ててしまいました。当分記事を追加するつもりは無いのですが、このサイトに存在する「深い再読」に関する記事を読みたい方はたまに参照してみてください。

関連リンク

最後に

記事ストックに余裕を作りたかったので、この記事自体に竹取物語の再読感想を載せることは不可能ではないのですが次回の記事に回してしまいました。ちなみにアルクさんの英辞郎によれば、「reread」の発音は「riːríːd」らしいです。リーリードなんだ。

Writer

Osumi Akari