Webに関する議論がTwitterなどのコミュニケーションツール内で飛び交っている昨今、「Web3」という言葉が極めて胡散臭い人々を中心に使われています。この言葉自体はイーサリアム関連の文脈で用いられることが多く、大まかにはユーザーに所有権を「戻した」Webのことを指しているワードです。この言葉について様々な評価が存在しますが、今回はWWWの発明者であるティム・バーナーズ=リーさんが「Web3はWebじゃない」という発言をしたという話についてまとめていこうかと思います。
結論
- ティム・バーナーズ=リーがSolidを紹介した際に発言
- Web3 is not the web at all.
WebSummit
WebSummitというイベントがあります。これは少なくとも一年には一回行われているWebに関するトークイベントで、インターネットで活躍する人々がWebについての講演や対談を行うといったものです。2022年11月1日から4日まではポルトガルのリスボンで行われており、多くの聴衆を集めたようです。
その中で「The societal and economic implications of web 3.0」というタイトルの講演が行われました。これはWWWの発明者であるティム・バーナーズ=リーさんと、Inruptという会社のCEOであるジョン・ブルースさんによるもので、「Webの将来」についてのものです。
Web3 is not the web at all
この講演内においてこの記事の主題である「Web3はWebじゃない」という発言がなされました。とはいえある程度前後関係の把握が必要な発言ですので、ざっくりとした解説及び発言の前後の書き起こしを置いておこうかと思います。
実はティム・バーナーズ=リーさんとジョン・ブルースさんは「Solid」というティムさんが発明した分散Web関係のプロジェクトに関わっており、Inruptという会社はSolidの開発に強く関わっています。そのため実質的にはSolodはいいぞという内容の講演です。Solidというのは分散Webの一種ですがブロックチェーンを使用しているわけではありません。あくまでユーザー自身がデータを公開できる範囲を選択でき、かつ特定のプラットフォームに依存しないWebを目指しているというものです。
以上を前提とした上で書き起こしをご覧ください。
Bruce: Tim, is solid Web3?
Tim: Nope, nope really no. It's important to clarify.
In order to discuss the impact of new technology, you have to understand what the terms mean. That we are discussing acutually mean beyond the buzzwords.
It’s a real shame in fact that the actual Web3 name was taken by Ethereum folks for the stuff that they’re doing with blockchain.
In fact, Web3 is not the web at all.
Solid is not blockchain. Blockchain protocol is maybe good for something, but they are not good for solid. There are too slow, too expensive, and too public. Personal data tools have to be fast and private.
日本語にすると以下のようになります。
ブルース: ティム、SolidはWeb3なのでしょうか?
ティム: 違う。いや、違う。(用語を)はっきりさせておくのは重要なのです。
新しい技術の影響について議論するためには、その用語の意味を理解する必要があります。私たちが議論しているのは、バズワードを超えた真の意味についてであるということです。
残念なことに「Web3」という単語はブロックチェーンを用いているイーサリアムの人々によって使われています。
実のところ、Web3はWebではないのです。
Solidはブロックチェーンではありません。ブロックチェーンを用いたプロトコルには役立つところもあるでしょう。しかしそれらはSolidには向いていません。ブロックチェーンはあまりに遅く、あまりに高価で、そしてあまりに公開的です。個人情報を扱うツールは、高速かつプライベートなものでなければなりません。
先述の通りSolidというプロトコルについての質問なので、結局Web3のどこがWebではないのかという点についてはっきりとは触れられていません。しかしSolidはWebの進化を目指しているということから、Web3がWebではない場所を推測することが出来ます。それは遅い・高い・公開的であるということです。
ある程度ブロックチェーンについて調べたことのある方は分かると思いますが、基本的にブロックチェーンを用いたソフトウェアは極めて低速です。例えばビットコインの授受には数分が必要とされます。またGPUが高騰しまくったことから分かる通り、大量の計算資源を特にPoW形式を採用しているプロトコルでは必要とします。最後にブロックチェーンの安全性の担保として過去のやり取りが公開されているということがあり、極めてオープンであることがブロックチェーンの特徴にもなっています。
ティムさんはこれらの点がWeb的ではないと指摘しているのではないでしょうか。書き起こしには含めませんでしたが、この先では南アメリカから北アメリカへ自らの医療的な画像を送信するケースを想定し、ブロックチェーンとSolidを比較しています。そこではブロックチェーンを用いると極めて低速であり、自らのセンシティブな情報が誰にでも閲覧できうる状況にされてしまうという問題点が指摘されています。Solidはそうではなく高速で自分の情報がだれに公開されるのか選べる点がメリットとしているので、ティムさんはやはりここを問題としているのではないでしょうか。
関連リンク
- "The societal and economic implications of web 3.0"
- ライブ放送(38分頃より)
- Browne, Ryan "Web inventor Tim Berners-Lee wants us to ‘ignore’ Web3: ‘Web3 is not the web at all’" CNBC, 2022-11-04.
- Maruccia, Alfonso "Tim Berners-Lee: please ignore the Web3 nonsense. The future is Solid" Techspot, 2022-11-07.
- Mccracken, Harry "Tim Berners-Lee is building the web’s ‘third layer.’ Don’t call it Web3" Fast Company, 2022-11-08.
- 「「Web3はWebじゃない」とWebの父が断言」axion、2022年11月9日。
最後に
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この話は多分後々まで擦られそうなので、変に切り抜かれてティムさんが意図していない発言として捉えられたり、ソース不明の発言として扱われたりしそうなので取り敢えず記事にしました。ライブ放送が6時間51分もある割に、公式サイドで公演タイトルごとの切り分けすら行われていなかったため発言ソースを探すのが極めて面倒でした。切り抜きって適切に運用されれば便利なんだけどな。