ハイパーテキストとマウスとNLS

全てのデモの母とその夢の実現 / 2022-12-08T00:00:00.000Z

NLSというコンピュータシステムをご存知でしょうか。これは1968年にSRIで公開されたシステムで、マウスをはじめウィンドウの概念やハイパーテキスト、果てはビデオ通話まで備えた極めて先進的なものでした。

さて翌日の12月9日は記念するべきNLSの初デモンストレーションが行われた日です。別に54周年だからと祝う人はいないと思いますが、せっかくなのでどのようなものであったかをざっくりと紹介してみたいと思います。

結論

  1. コンピュータは計算だけじゃないことを示した
  2. 実現には時間がかかった

compute + er

普段私たちが使用しているPCやスマートフォンをより一般化した表現として「コンピュータ」というものがあります。もちろん日本に昔からあった表現ではなく、英語をカタカナで転写したものです。computerという表現は「compute」に接尾辞の「er」を付けたもので、この場合は「computeする人・物」といった意味合いを純粋に考えれば示します。

このcomputeというのは英語に限らず割と古くから使われている表現で、「計算する」であったり「見積もる」であったりといった意味を持っていた歴史があり、現代英語ではもっぱら「計算する」「計算される」といった意味を持っています。そのためcomputerというのは「計算する物」「計算機」という意味があります。

「…そんなこと知っているよ」という人もいるかもしれません。しかし現代のコンピュータを使っている方々の多くは、コンピュータを純粋な計算以外の用途に用いているかと思います。音楽再生もゲームも文書作成も、その裏に計算があることは明らかではありますが「1+1」や「355/113」のように純粋な計算とは毛色が異なります。

意外かもしれませんが、初期のコンピュータは計算することだけに主眼を置いて開発されました。例えばENIACは十進法で10桁の加減算が、UNIVAC Iは確率予測とデータ処理が出来ました。PDP-1はスペースウォーやコンピュータ音楽を生み出したことから風向きが変わり初め、現代のコンピュータの姿に近づいてきます(この辺りの話はあまり詳しくないので、事実と若干異なる可能性が高いことに留意)。しかし計算機の主要用途はあくまでも計算であり、ビジネスにおけるデータ処理にも活用されていましたが、現代におけるある程度の訓練を受ければ誰でも様々なメディアを作り出したり消費したりする姿とは、まだ遠いものでした。

oN-Line

今回紹介させていただくNLSはダグラス・エンゲルバートさんという方が生み出したものです。彼は人間の知性をコンピュータを用いて広げることに取り組み、ARPAからの予算を基に数年がかりでNLSの開発を行いました。

このNLSのデモンストレーションは「全てのデモの母(The Mother of All Demos)」と呼ばれるほど成功し、コンピュータの可能性を端的に示すものとなりました。どういったものかの詳細は下記の関連リンクから見ることが出来ますが、ここでも抜粋したものを日本語にした上で紹介させていただこうかと思います。

マウス

この発表がなされた当時、コンピュータに指示を出す方法として主にキーボードが用いられていました。また一部ではカードやテープ方式も残っていたような時代でした。キーボードは現在でも用いられていますが、エンゲルハートさんはもう1つよく用いられているデバイスを発明しました。それは「マウス」です。初号機は1963年にエンゲルハートさんのアイデアを基にビル・イングリッシュさんが作成したもので、このデモンストレーションが行われるまでにトラックボールの採用などの改良が加えられています。

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映像の中で現在のマウスとほとんど変わらないマウスのデモンストレーションが行われています。当時はマウスのケーブルがユーザー側についていましたが、後にユーザーの反対側につくようになりました。ちなみにこのビル・イングリッシュさんはサンフランシスコ公会堂(San Francisco Civic Auditorium)で行われたこのデモンストレーションを、マイクロ波回線を用いて数十km離れたSRIの建物へ伝送するといった機能の実装などを担当しています。

ハイパーテキスト

デモンストレーションが行われた1968年の翌年である1969年はインターネットの歴史の語る上で外せない年です。なぜならその年の10月29日にARPANET初の接続が試みられており、UCLAからSRI上のコンピュータに向かって「login:」の文字列が伝送されました。ちなみにこのログイン先はNLSが動作しているSDS 940でした。では「使い道」を紹介している部分の動画を見てみましょう。

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このデモンストレーションが行われたときはまだ実現していませんでしたが、NICという文字列が画面中に示されている通り、ハイパーテキストの伝送といった概念が取り入れられていました。ARPANET初の接続にNLSマシンが用いられていることが分かる通り、エンゲルハートさんは初期のARPANETに深く関わっていました。その意味では現代のインターネットの基礎を築いた人といえるでしょう。

双方向

このコロナ禍においてかなり普及したであろうテレワークにおいて、ファイルの同時編集機能に助けられている人も多いのではないでしょうか。現代のソフトウェアと実装方式は大きく異なりますが、そのアイデアはここで示されています。

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彼は画面を共有する形で遠隔地にいる人々とテキストの編集が出来ることを解説しています。

実現

以上有名なものを抜粋して紹介させていただきました。このデモンストレーションは90分程行われたものでここに示したものが全てではありません。「1968 "Mother of All Demos" (Complete Footage)(YouTubeプレイリスト)」において全て見ることが出来るのでよろしければご覧ください。

さて、NLSが素晴らしい物であることは理解されましたが、すぐに広まったわけではありませんでした。その理由としてプログラミングがやたら難解であったこと、知性の拡張を目的としたものなので必ずしも多くの人々にとって使いやすいものでなかったことが挙げられます。

マウスを例にとったとしても、本格的に世間へ広がったのは約15年後のMacintoshの到来を待たないといけませんでした。その他の機能も現在では様々な形で実装されているものの、当時とは比較にならない高性能化がなければ存在すら疑問に思ってしまう実装方法ばかりです。

関連リンク

最後に

前回の歴史関係の記事: WWWの発明者が「Web3はWebじゃない」と発言

次回以降に出す記事の準備を先にした結果、9日に出す記事が用意できていないことに気づいてしまったので急造した記事です。とはいえ中途半端に技術の関係しない次回の記事を挟むと「前の記事」「次の記事」リンクをクリックして読み進めていくような人にとって不便であるかと思い、記事の順番をひっくり返しました。そのため9日に祝うべきなのですが記事は8日付けという若干変な感じになってしまいました。以上のような理由があるのでお許しください。