最初に断っておきますが、この記事では「侵食作用」そのものにスポットを当て、ある程度細かいことまで触れるつもりでいます。レベル感的にはこのサイトの風化作用について触れた記事と同じような感じだと思っています。そのため、自信がない場合はこの記事を読み進める前に河川の三作用について簡単に触れた記事をお読みになることをお勧めします。
…という感じで保険を掛けたので、一度で理解されない文章を深夜に錬成してそれを公開しても多分問題ないということになりました。この記事に限らず一応理解しやすい文章であるように心がけてはいますが、その点はご了承ください。それでは本文をどうぞ。
結論
- 流体が風化した物を削り取る作用
- 「削られた」地形を作り出す
削り取る
河川の三作用について触れた記事において、私は侵食作用のことを「地面を削る力」と表現しました。もうちょっと具体的にこの力を見ていきましょう。
侵食作用というものの定義は極めてシンプルなもの、裏を返せば極めて曖昧なものと言えます。
雨水、河水、海水、氷河およびその他の自然の営力によって、地球の表面の岩石や土壌を削る作用。
「侵食」日本大百科事典、コトバンクより。
というわけで詳しく見ていくというよりは、侵食の原因となっている力や物ごと・侵食を受ける物ごとに見ていくといった感じになります。
磨食
河川の三作用の記事でも触れましたが基本的にある程度の時間的・距離的スケールにおいては水による侵食作用が強いものとなっています。特に河川による侵食作用というのは同じ場所にある程度強い水流が流れ続けることから強力なものとなっています。
河川による侵食作用のことを特に「磨食(corrasion)」もしくは「磨耗(abrasion)」と言います。水の流れが河床であったり攻撃斜面であったりしたものを磨いて、その削りカスを持って行っているといったイメージがいいのではないかと思っています。とはいっても磨食という単語からは単なる水による侵食というよりは「水+砂礫による侵食」といった印象を受けます。というのも当たり前と言えば当たり前なのですが、運搬されている最中の河川に含まれている砕屑物も河床などを侵食する力があるからです。
Sunakura, Matsukura (2006)を読む限りだと、河川による侵食作用というのは基本的に
- 河床が弱ければ弱いほど
- 既に運ばれている砂礫の硬度が高いほど
強くなる傾向があります。これを言い換えると
侵食作用が強くなると言えます。
しかしながら以上の議論の大半は様々な河川に応用できるものの、基本的には河床や河岸がそれなりにカッチリしている岩盤である岩盤河川(betrock channel)でのものとしか言えません。河川は河床や河岸が堆積作用によって形成された沖積河川(alluvial channel)というものもあり、そうした場合においては河川が削る対象がまだ固まっていない(未固結)なものとなっています。この場合においては侵食作用そのものを見るというよりも、侵食と堆積のバランスを見る、すなわち特定の区間において土砂の流出量と流入量(土砂収支)を見る、といった方が実態を捉えたものとなります。
もし侵食作用と堆積作用が釣り合っている、すなわち流出量と流入量が釣り合っているのならば何を発生しません。しかしながら侵食作用が上回っている場合は当然ながら流出量の方が大きくなります。このことをデグラデーションと言います。反対に堆積作用が上回っており流入量の方が多いことをアグラデーションと言います。この記事が「ざっくりわかる堆積システムシリーズ」に含まれているからという理由からではないのですが、この増減を見るというのはある程度広い視点でシステム全体を見ることにおいて極めて重要な考え方となっています。なので付け加えるような感じで書き足しました。
その他の侵食
もちろん水以外による侵食もあり、物によってはかなり地形の変化に影響のあるものもあります。ここでは簡単にそのような侵食作用を紹介しておこうかと思います。
初めに氷食を紹介してみようと思います。氷食というのは名前の通り「氷による侵食」を意味する言葉です。日本ではあまり馴染みがないのですが、氷河などが発達している場所では普通に見られる侵食作用です。侵食するものは氷、すなわち水であるのでこれだけ聞くと先述の水による磨食と大して変わらないように聞こえます。しかしながら固体として動くことで水とは異なる挙動を示す面白いものとなっています。
次に風食というものを扱おうかと思います。「風に食われる」という風に読めますが、水や氷ではなく空気の流れによる侵食のことを指す言葉です。河川の三作用の記事でも軽く触れさせていただいた通り、世の中の侵食作用は水だけによるものではありません。
また溶食というのもあります。これは風化作用の溶解と関係があり、例えば「石灰岩を構成する炭酸カルシウム」などといった岩石を構成している物が、化学的に溶けることで侵食が行われるものです。
侵食地形
以上のような侵食によって様々な地形が作り出されます。ここでは代表的な地形をいくつか見ていこうかと思います。
V字谷
V字谷(ブイじこく)は地形輪廻の記事でもある程度触れさせていただいたものですが、侵食作用によって形成される地形として大変知られているものです。といっても同じところを流れている河川が侵食を続け下刻(かこく)をしていった結果、断面がV字になっている河谷が形成されるという話です。詳しくは「河川が作るV字谷」をご覧ください。
河岸段丘
河岸段丘(かがんだんきゅう)は河川が平地で形成する段々畑の地形です。詳しくは「河岸段丘という侵食の歴史の証人」をご覧ください。
甌穴
河川というのを極めて抽象的に考えると、「水が安定して一方向に流れているもの」と言えます。このような環境において例えば一つの石ころが河床の小さな穴に入ったらばどうなるでしょうか。多くの場合は穴に入ったとしても河川の流れに乗って運搬されていくと言えます。しかしながら運搬されるには重すぎるが、河川の流れが石を少しずつ動かすには十分軽いといった重さの石であったのならば、その穴の中で回転し続けると考えられます。
そうなった石は河床にとってドリルのように見え、河床を少しずつ掘っている(侵食している)と言えます。そうやってドリルのように侵食が進められた結果河床に形成される穴のことを「甌穴(おうけつ)」もしくは「ポットホール(pot hole)」と言います。代表的なものとしては以下の写真に示すものがあります。
これは秩父盆地・皆野町に流れる荒川の岸にある甌穴です。元画像はWikimedia Commonsで公開していますので高画質版が欲しいのならば持っていってください。
この甌穴は川岸からある程度離れていますが、ここまで至らずに河床に存在している甌穴もあり、全国の多くの河川で観察できる物と言えます。
攻撃斜面
これは地形といえるか微妙なものですが、ある程度のスケールを持ったエリアを考えるには重要なものなので書かせてください。攻撃斜面は河川が湾曲している場所において形成される、侵食を強く受ける斜面のことです。詳しくは「横にも削る側方侵食」をご覧ください。
参考文献
- 松倉公憲「地形学」朝倉書店、東京、2021年9月1日。ISBN 978-4-254-16077-2。 NCID BC09567566。OCLC 1268511660。国立国会図書館書誌ID:031624974 全国書誌番号:23586669。
- Sunakura, Tsuguo. Matsukura, Yukinori. "Laboratory Test of Bedrock Abrasion by Sediment-Entrained Water Flow: A Relationship between Abrasion Rate and Bedrock Strength" 地形 27(1), 2006, pp.85-94, J-GLOBAL ID: 200902205103739864, NAID: 110004027237.
- 佐野弘好 『基礎地質学ノート』古今書院、東京、2019年6月6日。ISBN 978-4-7722-3191-6。 NCID BB28302674。OCLC 1109731739。OL 31934583M 国立国会図書館書誌ID:029674063 全国書誌番号:23233011。
- 松岡憲知、田中博、杉田倫明、八反地剛、松井圭介、呉羽正昭、加藤弘亮編「改訂版 地球環境学」『地球学シリーズ』1、2019年、国立国会図書館書誌ID: 029528546、全国書誌番号: 23186502、Open Library: 39812929M、OCLC: 1091664130、NCID: BB27908537、ISBN: 978-4-7722-5319-2。
関連リンク
最後に
前文で保険をかけまくったので直帰率を上げてしまっていないのか大変に不安なのですが、一応それに見合うレベルでしっかりとした内容に仕上げたつもりです。もちろん一度で理解していただけるとは思っていないので、リンク先をポチポチしながら時間をかけて噛み砕いていただけると幸いです。可能であれば一発で理解できるような文章にしたいのですが、文章力がカスなのでこうせざるを得ないんですよね。
とはいえ侵食作用について内容を省略したりして情報量を少なくするわけにはいかないので、後半は「足柄県は地学の楽園」を執筆した時のように尻すぼみの内容にはなっていますが、割ときちんと書かせていただきました。河川の三作用について簡単に触れた方が堆積システムに興味を持った際に参考になれば幸いです。