10月の初めに「侵食・運搬・堆積」という記事を書かせていただき、それまでにも「地形輪廻」について解説したりはしていたものの、ざっくりわかる堆積システムシリーズの執筆が本格化しました。ところでここまで扱ってきたのは主に侵食作用に関連するものなのですが、侵食作用に関するもの中でも液体の水による侵食に特に注目してきたといえます。
液体の水による侵食のみを扱ってきたことそれ自体に疑問を持つ方はあまりいないと思います。河岸段丘やV字谷私たちの身の回りで体感できる侵食作用の多くは水による侵食ですから、侵食を行うものは液体の水のみであると考えてしまっても無理はありません。
というわけで今回は液体ならぬ固体の水である氷による侵食作用、すなわち「氷食作用」についてざっくり見ていきたいかと思います。
結論
- 氷河という塊による侵食
- 特徴的な地形を生み出す
氷河と氷食
「氷河が流れる」ということそのものは多くの方が知っている事実だとは思います。しかしながら河川の水が流れるといったイメージをそのまま氷河に当てはめている人も多いのではないでしょうか。しかし実際は氷の特性から単なる液体との水が流れるのとは大きく異なる挙動を示します。初めに氷による侵食作用そのものではなくその原動力となる氷河の流れについて簡単に示しておきたいと思います。
氷河の流れ
氷河は一般にクソ寒い場所のうちある程度の斜面がある場所において生成されます。クソ寒い場所を大まかに分ければ、
- 南極などの極めて高緯度である場所
- ヒマラヤ山脈などの高山
の2つに分けられます。このクソ寒い場所では氷が基本的に作り出されます。この氷は基本的に降り注いだ雪がその重さで圧縮されることによって生み出されます。クソ寒い場所ではこの氷が当然ながらある程度継続して形成されるのですが、氷はいくら固体であるとはいえ同じ場所に数キロメートルレベルで積み重なることは出来ません。それほどの大きさになってしまえば極めて不安定な物体という他ありませんから。ではどうするかというと変形して周囲へと氷が広がっていくことで氷としての安定性を維持しています。
この「氷が広がっていく」過程において、当たり前と言えば当たり前なのですが氷は基本的に低い場所を目指して広がっていきます。この広がっていった氷は重力の力で少しずつより低みを目指して動き出し、やがては流水レベルの時間的スケールではないにしろ河川のように流れ続けます。こうして作りだされるのが「氷河(glacier)」です。ちなみに平らな場所で氷の塊が形成されたのならばそれは「氷床」と呼ばれます。
また氷河の氷であり続けることは基本的に出来ません。いくらヒマラヤ山脈から始まった氷河といえど、バングラデシュまで氷が流れ着いているという例は皆さん聞いたことが無いように、当たり前なのですがどこかで融けてしまうからです。この融けてしまうラインというのは基本的に気温であったり安定して大量の液体の水を供給していることであったりといったもので決定されるのですが、そういったラインのことを平衡線(equilibrium line)といいます。また融け始めたといっても一度に全部が融けるわけではないのである程度氷河は融けつつも流れ続けます。そのため平衡線よりも下流にあたるエリアを一般に消耗域(ablation area)、反対に平衡線よりも上流にあたるエリアを涵養域(accumulation area)といいます。
氷河は以上のようにして流れています。河川が流れ始める過程はリルやガリに雨から供給された水が集中することで流れ始めるといったシンプルさであることを考えるとちょっと複雑なものであるように聞こえますが、リストにまとめると
- 雪が降る
- 圧縮されて氷に
- 重さで低みへ流れる
といったものそれなりに単純なものです。では氷河が流れる過程がそれなりにシンプルであることが明らかになったのでここで発問させていただくのですが、氷河による侵食であるところの氷食はどのようなものが主体でしょうか。
私が侵食作用の記事において明確に書いてはいないものの基本的に河川による侵食である「磨食」は河川の流れによるものが主体であり、側方侵食について書かせていただいた時にもう少し詳しく書かせていただきましたが、それは流れの圧力による物でした。しかしながら氷食は単純に氷の塊が岩石を削るだけ…といった風に簡単にまとめられないものです。というわけでここでは可能な限り簡単に氷食を概観していこうかと思います。
氷食作用というのは大きく分けて摩耗と剝ぎ取りの2つに分けることが出来ます。
摩耗というものは大まかに言えば河川による磨食に近しいものです。しかしながら氷は固体であるがために河川と異なりその内部で砕屑物を運搬するということはあまり行われず、氷河の底面で礫などが転がされていった結果、河床視点で見ると砕屑物と氷による侵食が行われるといったものです。このため基本的に摩耗を受けた河床というのは、氷によって大規模にかつゆっくり侵食を受けることでツルツルに磨かれている状態になっているのですが、その表面を詳しく見てみると擦跡(striatation)であったり条溝(groove)であったりという名前で呼ばれる細長い傷のような穴が存在しています。
もう1つの剝ぎ取りというのは文字通り氷河が岩盤の一部をはがし、氷河の内部へと取り込む形の侵食のことを言います。なぜこのように「はがす」といった現象が起きるかという理由は明確に明らかになっていませんが、有力な説として水圧ジャッキ効果といったプロセスで岩盤がそれなりの規模で剝ぎ取られてしまうというものがあります。これは氷河の中にわずかに存在する液体の水にかかる水圧が氷河の変化に伴って大きく変化することによって、小さな隙間に入り込んだ水が油圧ジャッキのように岩盤をメリメリとはがしてしまうという説です。この剝ぎ取りによって氷河の下流には「羊背岩」と呼ばれる特徴的な小さな丘のような高まりが見られることがあります。
最後になりますが氷食というのは基本的に「氷河が融けてしまうライン」である平衡線の近辺で最も強くなる傾向があります。平衡線の近辺は氷食を行う氷の量が最も多く、重いがために速度が最大になることもまた多いためです。
氷河地形
以上のように氷食というのは水による侵食に近しいところはありますが、液体の水が固体の水に変わっただけというには大きな変化があるように思えるものだと感じています。そんな氷食作用が生み出す地形は単なる水による侵食とは異なる特徴的なものです。ここでは氷河地形の中でも特に有名なものを簡単に紹介していこうかと思います。
U字谷
U字谷は河川が作り出すV字谷と対比されることの多い氷河地形です。下の写真はV字谷・箱状谷・U字谷の断面形を大まかに示したものです。
氷河がU字谷は一番右のものです。上述した通り氷塊の侵食作用はゆっくりかつ大規模に行われるため、特定の場所を下へと掘っていく傾向の強いV字谷よりも底が広いアルファベットの「U」のような形になります。しかしながら実際はUのように滑らかというよりは若干核付いたものになることが知られています。
カール
カール(cirque、de: Kar)というのは氷河が流れた後に見られる谷というよりは、アイスクリームスプーンで削られたような見た目をしている窪地です。日本語で圏谷というように丸まっていることが特徴です。また窪地であることからここに水が溜まることもあり、そのようにして湖が形成されたのであればその湖は「カール湖」と呼ばれます。
参考文献
- 松倉公憲「地形学」朝倉書店、東京、2021年9月1日。ISBN 978-4-254-16077-2。 NCID BC09567566。OCLC 1268511660。国立国会図書館書誌ID:031624974 全国書誌番号:23586669。
最後に
前回のざっくりわかる堆積システムシリーズ: 横にも削る側方侵食
日本だと発達している氷河とそれに伴って形成された地形が少ないので脇に追いやられがちなんですが、水による侵食とはまた一味違ってとても面白いものだと思っています。受験のためにこのサイトにたどり着いた方には大変申し訳ないのですが、出来れば氷河地形の楽しさも知っていただければ個人的に非常に嬉しい気持ちになります。そのため氷食についてこの記事だけで満足することなく他の記事も読んでいただければ幸いです。