石灰岩の大地に広がるカレンフェルト

侵食作用の力が生み出す奇景 / 2022-11-03T00:00:00.000Z

石灰岩で出来ている台地のことをスロベニアの地名から一般に「カルスト台地」、そこに見られる地形のことを「カルスト地形」といいます。前回はそのうちの1つで穴ぼこである「ドリーネ」を紹介させていただいたので、今回は反対に塔のようにそびえ立つこともある「カレンフェルト」についてざっくりと説明していこうかと思います。

結論

  1. 均等じゃない侵食で生まれる
  2. 溝が大量にあるように見えたり塔のように立っていたり

均等じゃない

侵食作用というものは、同じ場所にある同じものに対してならば等しく働くように思えます。しかしながら必ずしもそうではありません。例えばわずかな凹凸があったとしてもその凹凸に水が溜まったりすればその場所が溶食を受けてどんどん深くなったり、ひび割れなどがもしあれば当然その割れ目を中心として侵食が進んでいったりします。またそうして発達していった低地には、当然ながらそれに付随するように相対的な高地が作り出されます。

このようにして溶食を中心に作り出された凸凹を持つ地形のことをまとめて「カレン(de: Karren、fr: lapiés)」といいます。カルスト地形の本場、スロベニアのクラス地方がかつてドイツ語圏であるところのオーストリア=ハンガリー帝国の支配下にあったことからか、カルスト地形に関する用語はドイツ語からそのまま英語に借用されたものが多い気がします。そのため英語でも「Karren」というのですが、フランス語ではラピエといいます。

閑話休題。こうしたカレンの形成段階を考えると、カレンが生まれて来たばっかりの時では、石灰岩に黒い筋が入ったような形で小さな谷のようなものが形成されており、それが徐々に大きくかつ深くなっていき、最終的には見た目の上では塔のように削られなかった場所だけが残されることが分かるかと思います。V字谷に代表される河谷のように、溶食によってどんどん成長していくというイメージが分かりやすいでしょう。また、最終的に谷があったことすら分からないレベルで進むものであるため、カレンの成長段階によって以下のように名前が変わっていきます。マイクロリルからの段階と裂罅カレンからの段階では見ているものが若干違うため別枠扱いにしていますが、どちらもカレンフェルトの理解に重要ななものです。

  • マイクロリル

  • リレンカレン

  • リネンカレン

  • 裂罅カレン

  • グライク

というわけでそれぞれの段階について、どのような特性があるのかについてざっくり見ていきましょう。

成長する

マイクロリルというのは、極めて小規模な谷のようなものです。以下で説明する大規模なカレンの生まれたてホヤホヤのものを指すもので、サイズも1cm以下ととても小さなものです。「リル」というのは主に河川の侵食で使われる用語で、こちらも河谷の赤ちゃんといった感じで使われます。そっくりで覚えやすいですね。

リレンカレンというのは、マイクロリルよりも大きなもので、サイズとしては幅数cm、深さ1cm程度です。大きなものといってもまだまだ「溝」という感じです。日本語を使ったものでは「条溝カレン」であったり、「雨溝カレン」であったりと呼ばれることがあります。

リネンカレンというのは、先述のリレンカレンがさらに大きくなったものです。まさに見た目だけ見れば河川に近しいようなものとなっています。サイズとしては幅深さともに数十cmのものが、十数メートル続くような感じです。リレンカレンまでは「溝」であったり「刻み目」であったりといった表現が似つかわしいものになりますが、リネンカレンまで成長すると「小さな谷」が相応しいものとなると思っています。分かっているとは思いますが、リンカレンです。先述のリンカレンとは別物です。「レ」の方が「ネ」の方より規模が大きいので間違えることの無いようにしてください。私もこの記事を書いていて2回くらい間違えそうになりました。

裂罅カレン(れっかカレン)はリネンカレンが発達したものではなく、石灰岩の亀裂(亀裂そのものを裂罅ともいう)から成長したものを指す言葉です。上のマイクロリル系列のものが何もないところから溶食で成長したものであるのに対して、こっちは初めに亀裂があることを想定しているところが一番分かりやすい違いでしょうか。サイズとしては深さは浅いものの(亀裂なので当たり前といえば当たり前ですが)長さが長いことが挙げられます。「裂罅」が普通にIMEの変換で出てくること、普通にびっくりした…。

そして裂罅カレンが成長したものものをグライクといいます。またグライクと別のグライクの間に出来る相対的に高い高地のことをクリントと呼びます。グライクは当然ながら直線的ですが、幅が大きくなっていくよりも深さが大きくなっていく傾向にあり、特に石灰岩に重力方向の層理が見られる場合(水平なな地層ではなく垂直な地層である場合)において、グライクが成長しきった場合にはクリントが塔のように残ります。こうしてできた石灰岩の塔のことをピナクル(針状峰)といいます。

地下でも出来る

…とまあ長々と地表のお話メインで進めさせていただいたのですが、このピナクルは地下でも形成されます。正確に表記するのであれば、形成過程は関係なく侵食の後に残された塔状の石灰岩のことをまとめてピナクルと呼びます。ピナクルは地下でも形成されます。地下といっても洞窟ではなく、石灰岩の上に何かしらの土壌が形成されている場合(この場合において形成されるカルスト地形を特に多生カルストと呼びます)のお話です。さもおまけのように書いていますが、石灰岩の上に何かないと勝手にドリーネが形成されてしまうため上述のような「谷」のようなものが形成されづらいことから、実は私たちの目に見えているピナクルの大半はこうして形成されていると考えられています。

といっても形成過程はグライクの形成過程とほぼ同じです。地中にしみこんだ水が石灰岩の層理に従って溶食を行い、何らかの理由で土壌が取り除かれることで形成されたピナクルが目に見える形となるといったものです。

カレンフェルト

以上のような割れ目「カレン」だったりそれに伴って形成される塔のような「ピナクル」が広がっていたりするような場所を、まとめて「カレンフェルト」といいます。カレンフェルトは当然ながらカルスト地形が分布する場所に付き物で、日本においては山口県の秋吉台や福岡県の平尾台において見られます。

最後に

「カレンフェルト」、一続きの言葉のような響きがあるのですが、先述の通りカレンが広がっている平野であることから名前が付けられています。カレンは凸凹を持つ地形全般のことを、カレンフェルトはその地形が広がっている場所、という風にそれぞれが指すものが若干異なるので使用する際には注意してください。まあ「カレン」という言葉が非常に曖昧なので問題になる場面はそこまで多くないかと思いますが念のため書いておきます。

インターネット上の説明ではまず初めに塔のようにそびえ立つピナクルやカレンフェルト全体を説明してから小規模なカレンの説明に移るものが散見されますが、どう考えてもこの記事のように形成過程順に並べた方が分かりやすいものだと思っています。どこかにこの分かりづらい説明を載せた種本でもあるんですかね。

Writer

Osumi Akari