ざっくりわかる運搬作用

河川の三作用中もっとも地味に見える作用 / 2022-11-13T00:00:00.000Z

河川の三作用と呼ばれる作用には当然ながら3つの種類があります。それは侵食作用・運搬作用・堆積作用の3つです。いずれの作用も名前からしてどのようなものかを想像しやすく分かりやすいものですよね。

個人的な話なのですが「運搬作用」は以上の3つの中で一番地味だと思っています。侵食作用を堆積作用もその結果が(直接的にではないにしろ)目に見えているので極めて分かりやすく、また実感もわきやすいものです。しかしながら運搬作用は目に見えずまたその結果が目に見えて表れることはほとんどといっていいほどありません。そのため「土砂を運ぶ作用」という認識で終わってしまう人もかなり多く、それ以上の解説をしようとしてもそこに興味を持つ人が極めて少ないものでしょう。

今回はそのような運搬作用について、ある程度細かく説明していこうかと思います。

結論

  1. 流体が砕屑物を運ぶ作用
  2. 侵食した物を、堆積する場所へ

Transportation

英語には「transport」という単語があります。ラテン語由来の「trans-(~を超えて)」とアストゥリアス語由来の「portare(振る舞う)」という意味が古フランス語経由で英語に持ち込まれたもので、意味としては「輸送する」という意味があります。これに接尾辞「-tion」を付けることによって作られた「Transportation」には、「輸送」という意味があります。

ところで「輸送」という意味の他には「運搬作用」という意味もあります。同じ単語が付いていることから分かる通り、運搬作用は何かを輸送する作用という意味です。ではその何かとは何でしょうか。

それは「砕屑物」です。砕屑物が何かというのは次回の記事で解説しているので詳しい話はそちらを参照してほしいのですが、めちゃくちゃ簡単に言えばカッチカチだった岩石が風化作用などを受けて作り出されるものと考えていただければ良いと思います。この砕屑物というのは侵食作用によって流体中に含まれ、堆積作用によって流体外に出されます。この含まれてから外に出されるまでの間に砕屑物へ働く作用が運搬作用です。また運搬されている砕屑物のことを特に「荷重(load)」と呼ぶことがかなりあります。一応あまり直感的な言葉ではないのでこのサイトでは使わないようにするつもりではありますが、使ってしまうこともあるかもしれません。

運搬作用がどのように働くのかは極めて多くの変数が関わっているので、一概に示すことは大変難しいといえます。といっても大まかには以下のものが関わっているといえるので計算量が爆発してしまうということは無い…ことも無いです。

  • 流体に関すること
    • 種類
    • 速度
    • 密度
    • 流れ方
  • 砕屑物に関すること
    • 粒径
    • 固結度
  • 流れがある地形

人類はこれらの要素の一部からどうにかして運搬作用を解明しようとしてきました。別に歴史的な話をする気はありませんが、そっちの方が書きやすいのでちょっと歴史談話的な書き方をします。

ユールストローム

河川の三作用の記事でも書かせていただきましたが、侵食・運搬・堆積の3つの力は同時に起こり得ます。というか同時に起こっています。学校教育では単純に「上流では侵食が起こっており~」といったように教えてしまっている面もあるかと思いますが、どちらかといえば「上流では侵食が卓越しており~」という表現の方が正しいといえます。しかしながらこの 「卓越した」というのはどのようにして決めることが出来る のでしょうか。

長期的に見れば、その場所が削られているのかそれとも積もっているのかを観察することで判断することは出来るでしょう。しかしこれはあくまで結果論にすぎません。目の前に流れているものを解析することによって予測が出来れば非常に嬉しいといえます。

1939年にスウェーデンの地理学者であったフィリップ・ユールストロームさんは、人工水路における実験を繰り返した結果、砕屑物の粒径と流速の関係を図にまとめることに成功しました。その図のことを一般に「ユールストロームダイアグラム(Hjulström curve)」といいます。

ユールストロームダイアグラムの概略

概略を上の図で示させていただきました。ユールストロームダイアグラムは両方のスケールを常用対数で取った両対数グラフで、元々は別のグラフでしたがどう考えても重ねて使う方が便利なので重ねて紹介されています。

とまあここまでユールストロームダイアグラムについて長々と解説させていただきましたが、現代においてこのダイアグラムそのものは活用されていません。詳しい話は廣木 (2018)を参照していただきたいのですが、この実験そのものは水深1メートルの水路において均質なシリカ球を用いて行われたものです。すなわち上で示した条件の内固定されていない条件は粒径と速度しかありません。実験としては正直であるものの一般的に使える物とはいえないでしょう。

一般的に使えるものになるように様々な関連実験が行われており、侵食作用と運搬作用の境目については幅がそれなりにあるものの割と明確になりました。しかしながら運搬作用と堆積作用の境目は不明瞭かつ不確定なものとなっています。そのためルックアップテーブルのような簡単に対応できる、すなわちユールストロームダイアグラムの発展形は現在のところ発見できていません。ユールストロームダイアグラムは堆積システムの理解の助けにはなるものの、こういった問題点があることに留意する必要があります。

シールズ

ユールストロームダイアグラムは流速と粒径一般についての関係性を探ったものでしたが、上記のように一般的に使える物とはなりませんでした。ここでちょっと視点を変えてみましょう。粒子が動き始めるところだけ切り出すことは、流速と粒径一般についての関係性を考えるよりも明らかにシンプルなものといえるでしょう。Shields (1938)は実験を行い、流速や粒子径をメインとした指標を作り出しこれを図にまとめました。

シールズダイアグラムの概略

上の図のことを「シールズダイアグラム(Shields diagram)」といいます。ユールストロームダイアグラムより少し複雑な図なので見る際には注意が必要です。まず縦軸にはシールズ数(無次元掃流力)が、横軸には粒径を層流の底層の層厚で割ったもの(砂粒レイノルズ数)が用いられています。

掃流力とは本質的にはせん断力なのですが、侵食の力と大まかに見て問題はないでしょう。また粒径を下の方の層流の層厚で割ることによって流れの中における粒子の挙動をより分かりやすく分析することが出来ます。掃流力については記事「河床の粒子が動き出すエントレインメント」内である程度詳しく触れさせていただいたので、よろしければこちらもご覧ください。

この図においては同じ「動く」場所においても浮流と掃流という2つに分かれています。この2つは「水の中に浮いている」のか「河床に沿って動いている」のかという違いがあります。掃流とされる動きは転動・滑動・跳動の大きく3つに分かれており、これもまた様々な条件によって発生するかどうかが決まります。ついでに言えば溶食と関係のある溶流というのもあったりします。

また同じシールズ数でも砂粒レイノルズ数によって動くかどうかが異なるものとなっています。そのためこの図の中で一番運ばれやすい砂やシルトばかりが持っていかれてしまうといったことが起こります。このような運搬作用の働き方を選択的運搬作用といい、これがしばらく働いた結果形成される礫中心の場所をアーマーコート、これが形成される現象をアーマリングといいます。

運搬作用

ユールストロームダイアグラムやシールズダイアグラムの話は運搬作用そのものについての解説に直接関係ない話でした。そのため最後に運搬作用そのものがどのような特性を持つものかについてざっくりとまとめていこうかと思います。

粒子が流れの力によって動き始めることを「エントレインメント」といいます。エントレインメントされたということは、流れの力がその粒子にとって動かされるのに十分な力になったということです。運搬作用というのはこの時初めて目に見えるものとなります。この時当然ながら侵食作用のことを考える必要があります。反対に運搬作用が止まる時は堆積作用のことを考える必要があります。運搬作用の終わりであり堆積作用の始まりでもある「沈降」はそこまで難しい概念ではありませんが、文字通りシンプルに捉えられるかというと微妙なところです。この記事内で大きくは触れていませんが運搬作用と一言にいってもその内実は様々なものがあり、機能だけを見てひとくくりにしていいものではありません。

以上の議論をものすごくざっくりとまとめるとすれば、運搬作用というものは河床から剥がされたものを運ぶ作用という風にまとめられます。しかしながらこの一言に至るまで考えるべきことは上記に示した通り、そして上記で十分でないくらいたくさんあります。「運搬作用って地味だな~」と思っていたあなたも、この一言まで至る過程を少しでも考えていただければ幸いです。

参考文献

  • 廣木義久「ユールストロームダイアグラム―流水による砕屑物からなる地層の形成の理解―」『地学教育』第71巻3号、2018年、97-107ページ、ISSN: 2423-8953、国立国会図書館書誌ID: 029562450、NAID: 130007744218、DOI: 10.18904/chigakukyoiku.71.3_97

関連リンク

最後に

ゴリゴリに流体力学の話をしないといけない予定なので、このサイトにおけるLaTeXパッケージの導入に失敗してしまったことが大変な懸念材料となっています。どうにかしようと心掛けはしますが、当面は日本語による解説かSVGを挿入してごまかすかのどちらかになりそうなので、その点は許してください。

Writer

Osumi Akari