河川の三作用の1つに運搬作用というものがあります。大まかに言えばこの作用は砕屑物が侵食を受け流体によって運ばれていく作用です。侵食作用にも「氷食」や「風食」があるように、河川の三作用と言っておきながら河川に限定される作用ではなく氷河や風などによっても起こる作用です。
今回はこの運搬作用の「始まり」である「エントレインメント」についてざっくりと見ていこうかと思います。
結論
- 運搬作用の「始まり」
- 色々ある初動条件
始まり
entrainmentというものはentrainとmentがくっついて出来た用語で、動詞のentrainそのものに多数の意味が存在するためこれもまた多数の意味が存在します。entrainの意味を英語版ウィクショナリーの「entrain」で見てみましょう。
- 変化を起こす原因を引き寄せる
- 流れの中で濁りを生ませる
- 振動を作り伝播させる
- 一体の物であるかのように振舞わせる
- パターンを認識させ条件付けがされるようにする
- 列車へと乗り込む
- 他者を列車へと乗り込ませる
いっぱいありますね。しかしながら-mentが付いたものはある程度意味が絞られています。英語版ウィクショナリーの「entrainment」を見る限り、
- 固体または液体が流体によって動かされること
- 概日リズムが環境のリズムと一致すること
といった意味があります。今回説明するエントレインメントというのはこのうちの「流れの中で濁りを生ませる」から生えたであろう「固体または液体が流体によって動かされること」、つまり「運搬作用の始まり」のことを指しています。運搬作用というのは運搬される砕屑物にとって十分な力がかからないと動かないので、若干語弊はありますが作用を生み出す流れや作用を受ける砕屑物ごとに条件が存在します。
条件
運搬作用がかかり始める条件、すなわちエントレインメントされる条件(初動条件)というものは言葉で書くと極めて簡単なものであるかのように聞こえます。しかしながら実際は様々な条件によって異なり、それなりに難しいものとなっています。ここでは可能な限り簡単に代表的な初動条件を書いていこうかと思います。
河川
まず前提として河川を流れている水の流れは何かを押し流す力を持っています。もうちょっとちゃんと言うのならば、河川中に存在する水流は河床に対するせん断力を持っているといえます。
これを単位面積当たりで割ったものを特に掃流力(tractive force)といい、ギリシャ文字の「τ(タウ)」で表わされることが多いものです。上に示させていただいたのはシールズダイアグラムと呼ばれているものですが、この縦軸であるシールズ数は掃流力から次元を無くしたものです。
もう少し掃流力について詳しく見ていきましょう。河川の断面を流れと平行に見た場合、この掃流力は一般に河床の傾きは絶壁に近しいものではなくある程度水平に近しいものです。本来は下向きにかかる力(重力方向における分力)を考えるべきですが角度が十分に小さいためsinとtanの値が十分な精度で近似することが可能であり、ここにおけるtanの値はそのまま河床勾配となります。そのため掃流力は「水の密度 * 重力加速度 * 水の単位体積重量 * 深さ * 河床勾配」で定義されます。ちなみに掃流力は速度の次元へと落とすことが可能ですので、層流力を水の単位堆積重量で割り二乗根を付けたものを摩擦速度(せん断速度)といいます。この掃流力が河床にある砕屑物(河床堆積物)を動かすのに十分であれば、エントレインメントされ河床の砕屑物が動き始めます。
運搬作用の記事である程度詳しく言及させていただきましたが、運搬作用を受け始める条件は様々なものがあります。これは正しいので一概に言えないのですが、少なくとも河川の流れにおいては掃流力と粒径の関係がある程度初動条件を支配しているといえます。掃流力を決定する要因をもう一度眺めてみると、一番大きく変わりうるのは河床勾配となります。もちろんそこまで大きく変わることは無いのですが、深さはせいぜい3桁程度の変化に対し0に可能な限り近づきやすい河床勾配は5桁程度変化してしまうため、掃流力ひいては初動条件の決定にはその河川の勾配が強く関係しているといえます。
つまり緩やかな河川では掃流力が小さいためエントレインメントが起こりづらく、急な河川においては掃流力が大きいことからエントレインメントが起こりやすいため運搬作用が盛んであるということです。割と当たり前に見える結論が出てしまいましたが、これは可能な限り簡単に見えるように書いた結果なので許してください(私がポンコツであるという意見はn理ある)。
風
前文で示させていただいた通り、風による運搬作用もこの世の中に存在します。もちろん空気の流れたる風の振る舞いは水の流れたる水流に類似しているため、大まかな話は上に書いてある河川と同じような条件なので安心してください。河川における初動条件が理解できていればこれの初動条件も理解はしやすいでしょう。
しかしながら風において注意するべき点は、「流れの中にあるものは空気に限らない」ということです。水流の場合も別にこの問題は存在しており、既に運搬されている砕屑物によるエントレインメントが全く発生しないということはありません。ただ水流においては水そのものがある程度「重い」上に量があるため水によるエントレインメントを考えるだけで多くの場合問題は無いのです。しかし風によるものを考える際には空気の中にある砕屑物は無視できないほど重くかつある程度量のある存在といえます。そのため後述の説明が若干複雑になっていることをご理解ください。
一般的には風によって動かされるよりも既に運搬されている砕屑物との衝突によるエントレインメントの方が、弱い流れでも発生しやすいことが知られています。これはイメージが付きやすい物でしょう。どう考えても風そのものより運搬されている砕屑物の方が重いのでエネルギーがあるからですね。しかしながら運搬されている砕屑物との衝突のみで全ての運搬される砕屑物はエントレインメントされるというわけではありません。水流におけるものと同じように風そのものによる掃流力によってもエントレインメントがなされます。しかしながらそれが運搬されている砕屑物によるものよりも弱いだけです。
このような特性のある風によるエントレインメントがなされ始める風速のことを流動閾値(fluid threshold)といいます。また先に示させていただいた既に運搬されている砕屑物によるエントレインメントがなされ始める風速のことを衝突移動閾値(impact threshold)といいます。この2つを合わせて移動限界風速と言います。
参考文献
- 松倉公憲「地形学」朝倉書店、東京、2021年9月1日。ISBN 978-4-254-16077-2。 NCID BC09567566。OCLC 1268511660。国立国会図書館書誌ID:031624974 全国書誌番号:23586669。
最後に
前回のざっくりわかる堆積システムシリーズ: よく聞く「砕屑物」って何?
何となくカッコいい用語なので記事にしてしまいました。めちゃくちゃ書くことが難しかったので、後悔したものを公開することになってしまいました。悲しいです。
追記: この記事では運搬作用の「始まり」を紹介させていただきました。しかし始まりがあるということは終わりが存在します。「砕屑物が河床へと行く「沈降」」においてはエントレインメントと対になるものを扱わせていただいているので、興味のある方はご覧ください。