「天井川(てんじょうがわ)」という言葉を聞いたことがある方は多いと思います。小学校の社会科において唐突に触れられ、小学校のテストで一瞬で流されるためです。しかしながらそれがどのようなものか詳しく調べてみた人はあまりいないとも思います。
というわけで今回はこの「天井川(ceiling river)」についてざっくり紹介していこうかと思います。
結論
- 周りよりも高い位置に河床がある河川
- 主に治水事業によって発生
- 洪水時の被害が大きくなる傾向にある
頭の高さに河床
天井川の辞書的定義は「堤防内に多量の土砂が堆積し、川床が付近の平野面より高くなった川(デジタル大辞泉)」というものです。そうなのですが絶妙に分かりづらい定義だと思っているので図を用いて説明させていただこうかと思います。
上の図は一般的な沖積平野が形成されるような場所における河川の流れです。河川が画像内左にあり、それより高い場所に人々が住んでいます。
一方この図が天井川の状態になってしまった河川を示したものです。よく見てください。前の図と比べると左にある河川が人々よりも高い場所を流れています。前の図と比べてみると、前の図においては人々の下かほぼ同じ高さの場所を水が流れているのに対し、天井川と呼ばれる状態になってしまった河川においては繰り返しになりますがこれより高い場所を流れてしまっています。
このような状態において河川が何らかの理由によって増水してしまい、既存の水害対策システムで防ぎきれなくなった場合を考えてみてください。河川の水位が上昇していき、水が堤防からはみ出してしまいます。そうすると天井川の上から水が注いでくるという状態になってしまいます。こうなってしまった場合当然ながらそれ相応の勢いをもって水が流れて来てしまいます。また流れこんでくる水の量は水位で決まりますが、通常の河川の場合と比較して、天井川となっている河川の全ての水が溢れ出てしまうという可能性すらあります。さらには自然に水が引いていくといった期待も出来ずに復興に時間がかかってしまうといった点も考えられます。このようなことから、一般に天井川は洪水時の被害が大きくなる傾向があるといわれています。
実例
テストを控えている人が何かの間違いでこのサイトに来るかもしれないので、実例を一つ挙げておこうかと思います。下に挙げさせていただいたものは、天井川の例として有名な滋賀県草津市にある草津駅周辺の地図です。草津駅の南の方に短いトンネルが見えるかと思いますが、これは天井川となった河川の下側を鉄道が通っていることを示しています。鉄道は基本的に勾配に弱い輸送手段であるためほぼ同じ高さの場所を走っていることが多く、
この地図においては90メートルから120メートルの間にのみ10メートル刻みで色を付けています。こうして見るとトンネルの上部には筋のように周囲と比較して高い場所があります。もう少し引いてみると分かるかと思いますが、このトンネルの南東に当たる部分から、周囲よりも高い線状の地形が見られています。
天井川の実例として出しているのでわかるとは思いますが、これが天井川とされる河川の一つです。現在ではあまり水は流れていませんが、分かりやすい天井川の実例ですのでよく引き合いに出されるものです。
閉じ込めると高くなる
ではこのような天井川はどのようにして生まれてしまうのでしょうか。水は通常重力に従って周囲よりも低い場所へ流れていくので、周囲よりも低い場所を流れるのが自然の摂理であるのになぜ周囲よりも高い場所を流れるような河川が出来るのか不思議に思う方も多いと思います。
これを考える前にまずは通常の河川とその周囲における地形の発達について考えてみましょう。通常の河川は上流においてリル・ガリとして雨として供給された水が集まって流れの源が作られ、やがては山を侵食し「V字谷」を形成します。ここから得た大量の砕屑物を基に水はより低い場所を目指して山を駆け下り、平地へたどり着いた段階で扇状地を形成し、そこで堆積しなかったものや新たに侵食したものを運搬しながら河川は流れ、やがて海に到達します。平地を流れている際も様々な特徴的な地形を形成し、例えば河岸段丘や沖積平野がよく知られています。
沖積平野の形成が分かりやすいと思うのですが、河川は常に全く同じ流路を取っているというわけではなく、氾濫が起こることによって流路が変わっていきます。そのような反乱や増水が起こる際には上流から大量の砕屑物が運搬されてくるため、その砕屑物が河道の外に堆積することによって平野が形成されていきます。
しかしながらこのような平野に居住することを考えると、平野の様々な場所で河川が暴れまわることは大変な不都合となってしまいます。主に農業の面から見た時、砕屑物が新たに堆積することによって土地の栄養が回復されるというメリットも氾濫には存在します。ただ河川の氾濫が発生するたびに水田などの割り当てを変更する必要がある他、居住区が流されてしまうといったデメリットも確かに存在します。そのため大なり小なり河川をコントロールしようとする試みは古今東西でなされており、一般にこれを「治水」と呼んでいます。
治水には様々な方法がありますが、その一つに堤防を建設することによって河川の流路変更を抑え、多少の増水において堤外に水が溢れてしまわないようにするといったものがあります。この方法はシンプルながら工事のための資源が十分に確保されれば効果的なものとなり、放水路を掘削するといった他の方法に比べてコストも高くないといったメリットがあります。そのため治水事業においてはよくこの方法が選択されます。
堤防を建設する際にはその河川の状況を十分に調査する必要がありますが、様々な理由によってその調査が不十分になってしまうことがあります。そのため河川の運搬している砕屑物の量や堆積する砕屑物の量に対して不適切な堤防が建設されてしまうことがあります。ここにおける「不適切」の意味は、オーバースペックという意味ではなく過少であるといった意味のものです。そうしてしまうと河床が時を経るに従って上昇してしまいます。
このような状況になってしまうと治水事業において当初想定していた洪水抑止機能が十分に発揮されないことが考えられます。そのためこの対策として堤高を上げるといった工事が行われます。その工事が完了するとしばらくの間は機能を果たしますが、しばらくするとまた同様の問題が発生してしまいます。そのためさらなる堤防の嵩上げが起こってしまいます。これを繰り返すことによって上に示させていただいた「天井川」が形成されていきます。
この状態の解決方法として以下のものがあります。下になればなるほど根本的な対策です。
根本的ではない対策として浚渫というものが挙げられます。これは極めてシンプルで、河床をより低くすることによって天井川状態を解消・軽減していこうとするものです。しかしながら天井川は上に示させていただいた通り、堆積が原因で形成されるものですので、ただ浚渫を行ったのみですと時間が経てばまた元の天井川に戻ってしまいます。もちろんそのたびに再度浚渫を行えばよいという考えもあり、そのようにして先述した水害の被害を効果的に抑えることも不可能ではありませんが、根本的な対策であるとは到底言えません。
次に挙げたものとして「運搬される砕屑物を減少させる」といったものがあります。そもそも天井川は上流から砕屑物が大量に供給されるから形成されるものであって、その砕屑物の量を抑えれば良いという発想です。上流部における森林の発達が弱かったり地質的に侵食されやすかったりすると大量の砕屑物が供給されます。そのため森林を育成することによって天井川化を抑止できます。
また流下能力の向上といったことも行われます。要するに河川の流れのスピードや水量を増やし、堆積ではなく運搬が卓越するようにすることです。現実的には放水路の建設などがこれに当たります。
最後になりますが、不適切な堤防が建設されるから天井川が形成されるのであって、この堤防を取り除く、具体的にはより広い河川敷を持った形での新たな堤防の建設といったことも対策として考えられます。これも現実的に難しい場合が多く、天井川の原因となっている堤防を取り除くといったこともまた行われません。そのため上記3つやそれらの応用の組み合わせが現実において行われています。
最後に
- 前回のざっくりわかる防災シリーズ: 大昔の群集事故の事例
- 前回のざっくりわかる堆積システムシリーズ: 沖積平野というひねりの無い名前の土地
「天井川」、初めて見た時は天丼が有名な河川なのかなと思った人はいませんか。私はその1人だったりします。いないならちょっと私が残念に思うだけなので別にいいのですが、もしそう思った方がいるなら何らかの形でメッセージを送ってみてください。私が「へえ」と思うことが出来ます。